窓の外の手帳:十四人が見た坂道
連載コラム「窓の外の手帳」第6回。深川北小の児童十四人が同じ夢を見たという記事を読み、『一九七五年の窓』の取材の記憶の端に残っていた、ある漂着一世の「漂着直後、知らない景色の夢を見ていた気がする」というあいまいな一言を思い出す回。
■ 「同じ景色の夢」は、今回が初めてではない
深川北小の児童十四人が同じ夢を見たという記事を読んで、まず思い出したのは窓の話ではなく、漂着一世への聞き取りだった。『一九七五年の窓』の取材の最後の方で、ある一世から「漂着した直後の数日、知らない景色の夢を見ていた気がする」と聞いた覚えがある。ただ一人だけの、しかもあいまいな記憶で、裏付けも取れず本には載せなかった。載せなかった話ほど、こういう記事が出た日に限って思い出す。学者に相手にされない研究者の記憶力は、たぶん都合がいいようにできている。
今回のTDAの技官は断定を避けていた。断定しないという態度こそが、この手の話に対する一番まっとうな礫法なのだと、今になって思う。
■ 子どもたちが「怖くなかった」と言ったこと
記事の中で一番印象に残ったのは、児童たちが揃って「怖くなかった」と答えたという一節だった。私が聞いた、あの一世の記憶でも、怖かったという話ではなかった。「きれいだった」というような言い方だったと思う。四十年以上向こうに行ったことも帰ったこともない景色を、人がそんな風に語ってしまうことの方が、揺らぎそのものより不思議だと、取材のたびに思う。
学会に相手にされない本を書き続けて何年も経つが、こういう記事が出るたびに、自分の手帳の古いページがまた少し役に立つ気がして、捨てずにいて良かったと思う。

