資料
透暦年表 揺らぎ以後の五十一年
1975年7月2日、東亰湾岸で最初の揺らぎが観測された。本紙はその年を透暦元年と数える。以来の出来事を、本紙の報道と公的記録から編んだ。原因が分かっていないものは、分かっていないと書いてある。
1910年代
東亰新報、京橋で創刊
東亰の地元紙として創刊。以後、揺らぎ以前・以後を通して東亰の日常を記録し続ける。
H-1912-01
1970年代
揺らぎ発生——透暦元年
7月2日、東亰湾岸で次元境界透過現象(揺らぎ)を初観測。9月7日には最初の大規模透過事象が起こり、別の世界線から人々が集団で漂着した。今日の漂着系市民の祖先である。原因は半世紀を経てなお未解明。
H-1975-01
収容施設の時代——鐘の警報と「岸」の姓
漂着民は湾岸の収容施設に集められ、停電の続く施設では手持ちの鐘で揺らぎの規模を伝えた(一打=注意、二打=警戒、三打=避難=「鐘方式」)。帰化にあたり「岸」の字を含む姓を選ぶ慣行が生まれ、岸浦・岸谷・岸柳などの姓が今も漂着系に多い。子どもを寝かしつけるために歌われた「岸の子守唄」もこの時代に生まれた。
H-1975-02
東亰次元境界観測管理局(TDA)設立
揺らぎの観測・予報・漂着物管理を担う機関として発足。観測網の整備が始まり、初期のチャート紙記録は今も第7次国際共同研究の一次資料となっている。
H-1976-01
先行世界線の断片観測に初成功
別世界線の技術の断片が観測され、外来系技術の再現が始まる。日ノ國の技術史はここから約30年分の加速に入る。
H-1979-01
1980年代
次元境界管理法の制定
漂着物の国庫帰属、鑑定手続き、規制線の運用を定める。同年、亀戸で回収された三輪車が世界線照合の「第31系統」の最初の登録となった。
H-1983-01
1990年代
デザインベビー第一世代の誕生
外来系技術に由来する出生前設計が制度化。第一世代は現在36歳前後で、その子が第二世代にあたる。
H-1990-01
漂着系市民の市民権確立
漂着から17年。権利運動の成果として市民権が法的に確立し、収容施設の時代が制度上終わる。
H-1992-01
外来系技術の免許制度開始
再現可能だが原理の分からない技法を免許制に。使い手は俗に「術師」と呼ばれる。
H-1997-01
2000年代
透過感応の認定・登録制度開始
揺らぎを事前に感じ取るとされる体質を市が登録。認定者は今も市内で数十人。以後「開眼できる」と称する感応開発商法が繰り返し社会問題になる。
H-2001-01
湾岸九霧事象
9月、湾岸一帯が9日間にわたり原因不明の濃い霧に包まれ、封鎖された。霧が晴れたとき、封鎖線の内側にいた12人(倉庫作業員5・釣り人3・住民2・TDA観測員2)の所在が確認できなくなっていた。岸壁に揃えられた靴2足のほかに遺留品はない。観測史上最大の透過事象であり、原因も行方も未解明のまま。家族会「九霧の会」は毎月9日、湾岸緑道の慰霊碑前で「点呼」を続けている。
▶ 湾岸九霧事象から23年 家族会が再調査要望、TDA「初期記録を再解析」
H-2003-01
九霧後の制度改革——透過指数の5段階表示と「透過失踪」
透過指数の統計整備、封鎖時の住民名簿照合、湾岸の常設観測網が整う。死亡とみなさないまま一部手続きを可能にする「透過失踪」の特例が設けられ、全国29人に適用された。
H-2005-01
共生ロボット普及元年
非ヒト型の共生ロボットが家庭・介護・防災の現場に広がる。「似せすぎ規制」により外形は道具のまま、働きだけが隣人になっていく。市内の稼働台数は現在推定41万機。
H-2008-01
2010年代
ロボット法制審議会・第1次答申
共生ロボットの法的地位をめぐる審議が始まる。以後14年間、答申の持ち越しが続き、2026年に第15次審議で初の公聴会が開かれた。
▶ ロボ法制審の「登録主体」案、初の公聴会 タチバナP係争が最大の論点に
H-2012-01
「排除措置」の制度化
危険な特定漂着種に対するTDA生物管理課と警察の合同対応が行政制度として整う。以後38件目までは日中に実施され、うち34件は捕獲で終了した。
H-2014-01
災害救助ロボ損壊訴訟の判決
賠償請求は認められたが、判決は補足意見に「器物の語で尽くせるものではない」と記した。以後の法的地位論争の出発点となる。
H-2016-01
常磐堂、ロボットの「永代預かり」業へ転業
京橋の明治創業の仏具店が、役目を終えた共生ロボットを預かる事業を始める。預かりは300台を超え、新規は3カ月待ち。
H-2019-01
2020年代
反復揺らぎの初確認——羽田沖
羽田沖の観測点で、同じ場所にほぼ同じ世界線へ繰り返し開く揺らぎ(反復揺らぎ)を初めて確認。定常窓の発想の起点となる。
H-2021-01
予報連動型保険の発売/『一九七五年の窓』刊行
透過指数に連動して保険料が変わる漂着物保険が発売され、3年で新規契約の6割超を占めるに至る。同年、九重果林の『一九七五年の窓』が刊行され、学界の沈黙をよそに読者を増やし続ける。
▶ 『一九七五年の窓』増刷20回 学界の沈黙と、読まれ続ける理由
H-2023-01
次元調査課と第1定常窓——「灯しの街」
TDAが2023年に新設した次元調査課が、羽田沖に常設観測装置を据えた第1定常窓を稼働(3月)。第7系統「灯しの街」の石造都市が初めて継続的に観測される。以後2026年までに5窓が稼働。
▶ 窓の向こうに、もうひとつの夜景 第1定常窓「灯しの街」稼働3年目、本紙は「次元調査」面を新設
H-2024-01
深川で中規模揺らぎ、貨物状の漂着物3点
8月21日未明、深川2丁目に金属容器3点が漂着。封入された液体は「既知のどの水とも同位体比が異なる」とされ、開封の可否は検疫委員会の審議へ。
▶ 深川で未明に中規模揺らぎ 貨物状の漂着物3点、TDAが回収
H-2026-01
湾岸倉庫街・枝川で相次ぐ排除措置
8月30日、湾岸倉庫街で警備員が負傷し、制度化以来初の夜間排除措置(38件目)。同夜には枝川資材置き場でも作業員2人が負傷し(39件目)、同日に2件が並行する初の事態となった。対象はいずれも未特定。
▶ 湾岸倉庫街で警備員が襲われ重傷 未確認の大型漂着種か、TDAが初の夜間排除措置
H-2026-02
鐘方式、五十一年ぶりの試験放送
9月3日、収容施設の鐘の録音が防災無線から流れ、鐘を知る世代と知らない世代が同じ音を聞いた。
H-2026-03
漂着記念日——漂着五十一年の集い
9月7日、岸浜公園の式典で「岸の子守唄」が半世紀ぶりの譜面化を経て初めて公の場で歌われた。一世招待121人のうち103人が参列、最高齢は101歳。
▶ 漂着五十一年、岸浜公園で式典 「岸の子守唄」半世紀ぶり人前へ
H-2026-04
深川漂着物、1点を開封
9月29日、8月21日に漂着した金属容器3点のうち1点を第三鑑定センターが気密チャンバー内で開封。中身は水に似た液体で、同位体比は既知のどの系統とも一致せず、液面が傾きに追従しない現象の原因も未解明のまま残った。残る2点は保管継続。
H-2026-05
第5窓、「気づいている兆候」を初めて認める
10月5日、TDA次元調査課が、第5定常窓「剣の国」で9月27日・30日・10月3日の3回の開口中に観測された、窓の向こうの市場の人々が窓へ木札を掲げる行動について、「向こうがこちらを認識している証拠はない」としてきた従来の公式見解を初めて修正し、気づいている兆候とみてよいとの見解を示した。意思疎通との断定は避けている。
▶ 第5窓「剣の国」、市場の人々が札を窓へ 次元調査課「気づいている兆候」初めて認める
H-2026-06
窓条約、暫定合意——軍事転用の明文禁止が決着
10月15日、窓条約交渉の参加国実務者間で、窓機及び定常窓付帯技術の軍事転用を明文で禁止する条文について暫定合意が成立。6日の原案提示から9日での決着。アメリアが求めてきた同盟国への優先供与は条約本体に含めず、別途の覚書で扱う形で折り合った。10月11日に浮上した「非公開の付属書」疑惑について外務省は改めてその存在を否定したが、覚書の全文は当面公開されず、主権派・宗像鉄男らは疑念を解かなかった。年内の正式調印を目指す。
▶ 窓条約、暫定合意へ 軍事転用の明文禁止が決着、同盟優先供与は別途の覚書に
H-2026-07
——年表は本紙編集部が随時追記する。事実関係の訂正は「本紙について」の窓口へ。
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四号、今日も通路の掃除中です。
機巧祭初入賞、公聴会でも話題。常磐堂の預かりロボット。