窓外:札を掲げる手
連載コラム「窓外」第4回。第5窓の市場の人々が札を掲げたという記事を読み、1975年に新人記者として漂着者の収容所を取材した日のことを思い出す編集長の独り言。
■ 手を挙げた側にいたことがある
今朝の第5窓の記事を読んで、ずいぶん古い記憶が引っぱり出された。1975年、新人記者だった私は、漂着した人たちが収容所に移される様子を取材していた。あのとき、収容所の塀の外には、事情を知らない近所の住民が何人も集まっていて、誰かが塀の向こうへ布切れを振った。向こうが気づいているかどうかなど誰も分からなかったが、それでも振った。振らずにいられなかった、というのが正しい。
■ 「気づいている」と言われても
今回の次元調査課の発表で、「向こうが気づいている兆候」という言葉を初めて使ったと知って、思わず古い取材メモを引っぱり出した。半世紀前、塀のこちら側で布を振った住民たちの気持ちと、窓の向こうで札を掲げる市場の人たちの気持ちが、同じものだとは言わない。言えるはずがない。ただ、どちらにも「届くかどうか分からないのに、手を動かす」という同じ形があったのは確かだと思う。
■ 届かなくても、動かす手
新聞屋というのは、届くかどうか分からないまま毎朝記事を出す仕事だ。読んだ誰かがどう思うかは、こちらからは一切分からない。一方通行という意味では、我々の仕事も案外あちら側に近いのかもしれない。そんなことを考えながら、今日もいつもの机で、ゆらりに湯呑みを分けてもらいながら原稿を書いている。

