窓の向こうに、もうひとつの夜景 第1定常窓「灯しの街」稼働3年目、本紙は「次元調査」面を新設
羽田沖の観測やぐらに据えられた第1定常窓が、稼働3年目に入った。窓が開けば、ガラスの向こうに石造りの高層都市「灯しの街」の夜景が広がる。TDA次元調査課が管理する定常窓は現在5つ。本紙はきょうから「次元調査」面を新設し、窓の向こうの世界を、分かっていることと分かっていないことを分けて、毎日伝える。
羽田沖2キロ、海上に立つ鉄骨のやぐらの最上階に、その部屋はある。畳12枚ほどの広さ。片側の壁一面が厚さ9センチの強化ガラスで、ふだんは湾の暗い海面が見えるだけだ。だが揺らぎが開くと、ガラスの向こうの景色が、音もなく入れ替わる。
7日夕、記者が窓室に入って40分後、それは来た。海面が薄い膜のように揺れ、次の瞬間、石を積み上げた塔が林立する街の夜景が現れた。高いものは30階建てに相当するという。無数の窓に、電灯とは違う、揺れない橙色の光がともっている。窓番(観測員)の一人が、慣れた手つきで記録用紙に時刻を書き込んだ。「17時52分、開。第7系統、視程良好」
■「反復揺らぎ」から定常窓へ
定常窓の発想は、2021年に羽田沖で確認された「反復揺らぎ」に始まる。揺らぎは本来、いつどこに開くか分からず、開く先の世界線も毎回異なる。ところが羽田沖の一点だけは、同じ場所に、ほぼ同じ世界線へ向けて、繰り返し開いた。TDAは2023年に次元調査課を新設し、この地点に常設の観測装置(通称「窓機」)を据えた。2024年3月、第1定常窓が稼働した。
「窓」という呼び名は、装置の見た目から自然に付いた。だが調査課の課長は「窓というより、望遠鏡に近い」と言う。「こちらから光は届かない。音も届かない。物を投げても、ガラスの手前で落ちるだけです。向こうが見えているだけ。それは3年たっても変わっていません」
一方通行という揺らぎの性質は、定常窓でも変わらない。変わったのは、同じ世界を「続けて見られる」ようになったことだ。1979年の断片観測以来、他の世界線は数秒の映像や、漂着物1点で語られてきた。第1窓は、延べ1,900時間を超える連続観測を積み上げた。
■灯しの街——分かっていること
第7系統、仮称「灯しの街」。調査課が3年間で確認した事実は、公表資料でA4判40ページに及ぶ。
街は石造りで、建物の高さは推定で最大90メートル。街路は狭く、坂が多い。住民の外見はこちらの人間とほぼ同じで、衣服は厚手の布地が中心。夜になると、住民が壁のくぼみに手を当て、小さな札のようなものを読み上げる仕草をすると、くぼみに橙色の光がともる。調査課はこの手順を「式」と仮称している。同じ動作で水が湧く場面、扉が開く場面も記録された。
「外来系技術の源流ではないか、という問いは当然あります」と課長は言う。「うちの術師が使う技法と、向こうの『式』の動作には似たところがある。しかし断定はしません。似ているものを結びつけたがるのは、観測ではなく願望です」
住民は「式」を、こちらの免許証に似た札を見せてから使うことが多い。組合のような集まりで札を受け取る場面も観測された。制度があるらしい、という点で、灯しの街はこちらと似ている。
■分かっていないこと
分かっていないことのほうが多い。向こうがこちらを認識しているかどうかは、証拠がない。3年間で、窓の前に立ち止まって「こちらを見た」ように見えた住民は数人いるが、調査課は「ガラスの手前の反射を見ただけの可能性が高い」として、認識の証拠とは扱っていない。
文字は読めていない。「式」の札に書かれているらしい記号は、延べ2,000点以上が記録されたが、意味は分からない。言語も同様で、窓越しに届く音声は断片的で、解析は第7次国際共同研究に委ねられている。
そして、街の外側が見えない。窓の視野は固定されており、見えるのは同じ角度の同じ街区だけだ。「3年間、同じ窓から同じ通りを見ている。向こうの街の名前も、国の名前も、私たちは知りません」
■見学抽選、倍率は31倍
第1窓は2025年から一般見学を受け入れている。1日80人、予約抽選制で、8月の倍率は31倍だった。小学校の社会科見学のコースにも入り、7日午後には砂町第三小学校の6年生38人が窓室を訪れた。
窓は、子どもたちの滞在中には開かなかった。「開かないことも観測です」と窓番が説明すると、児童の一人が「じゃあ今日は向こうが休みなんですか」と尋ね、窓室が笑いに包まれた。窓番は「向こうに休みがあるかどうかも、まだ分かっていません」と真顔で答えた。
窓室の窓台には、湯呑みが5つ並んでいる。窓番は交代で夜通し窓の前に座る。「開くのは1日で数分のこともあるし、8時間続くこともある。座って待つしかない仕事です。天文台の観測と同じで、退屈と一瞬の両方がある」と、この道3年の窓番(41)は話す。
■本紙の「次元調査」面について
定常窓は現在、羽田沖の第1窓のほかに、湾岸倉庫街の第2窓(第19系統「機構の海」)、多摩東部・稲城の第3窓(第88系統「粘体の沼」)、城北・王子の第4窓(第63系統「巨獣の原野」)、亀戸の第5窓(第52系統「剣の国」)の5つが稼働している。見える世界は、それぞれまったく違う。
本紙はきょうから「次元調査」面を新設する。窓の向こうの世界を、調査課の発表と、窓室で記者が見たものをもとに毎日報じる。書き方はひとつだけ決めている。分かっていることと、分かっていないことを、分けて書く。向こうの世界に意味を与えすぎない。それでも、窓が開くたびに、世界は思っていたより広いのだと知らされる。その驚きは、そのまま伝えたい。
7日夜、第1窓は19時24分に閉じた。開いていたのは1時間32分。灯しの街の窓の光は、最後まで揺れなかった。
