窓番日誌:札を数えそこねた夜
連載「窓番日誌」第2回。第5窓が過去最長の87分間開口した夜、窓番が見た市場の光景と、数えそこねたものについて書く。
第5窓は「すぐ閉じる窓」だと思っていた。配属されて半年、当番に入るたびにそう聞かされてきたし、実際そうだった。だから26日の未明、2時14分に開いたときも、いつもの調子で湯呑みを二つ並べただけだった。
ところが、10分経っても閉じない。20分経っても閉じない。隣に座っていた科学部の記者氏が「これは記録じゃないですか」と言い出したあたりから、こちらも少し腰が浮いた。市場らしき通りが見えてきて、木の手押し車が行き交い、何人かが札のようなものを掲げている。灯しの街の「式」に似ていると聞いていたが、実物を自分の目で見るのは初めてだった。
正直に書くと、何人がその札を持っていたのか、数を覚えていない。最初は数えるつもりで見ていたはずなのに、途中から、ただ見入ってしまった。市場の賑わいというのは、こちら側もあちら側も、案外同じような音がするものかもしれない――もちろん実際に音が届くわけではないのだけれど、手押し車の動き方や、人が寄り集まる間合いに、なんとなくそう思わせるものがあった。
87分という時間は、記録が始まって以来いちばん長かったらしい。閉じる瞬間はいつも通り唐突で、市場の光景がふっと消えて、いつもの半分暗い窓に戻った。記者氏はすぐにノートを見返して「札の数、覚えてます?」と聞いてきたが、正直に「数えそこねました」と答えるしかなかった。記者氏は笑って「次はちゃんと数えましょう」とだけ言った。
日誌には「市場、札複数、数不明」とだけ書いた。数えそこねたことを恥ずかしいとは、あまり思わなかった。あの窓の前に87分も座っていられたこと自体が、この仕事を半年やってきて初めての経験だったから。
引き継ぎのとき、次の当番に「今夜は長いかもしれない」と伝えるべきか迷ったが、結局何も言わなかった。窓が長く開くかどうかは、こちらの言葉とは関係なく決まることだと、この半年で学んだからだ。ただ、湯呑みだけはいつもより一つ多く並べておいた。今夜も誰かが、あの市場を見ることになるかもしれない。
