窓番日誌:見張りが触れた夜
連載「窓番日誌」第1回。第3窓の夜勤に入っていた窓番が、見張りがガラスに触れた夜のことを書く。
この連載を書けと言われて、まず困ったのは名前を出さないことになっている点だった。次元調査課の窓番は原則、匿名で日誌をつける決まりになっている。理由を聞いたら「向こうに気づかれたくないから、というより、こちら側の誰か一人の手柄にしたくないから」と説明された。なるほどと思った。毎晩、誰かが交代でここに座っているだけのことだ。
18日は第3窓の当番だった。相方は科学部の記者氏で、湯呑みを二つ、いつものように並べて座った。見張りが出てくるのはだいたい決まった時間帯で、今夜も特に変わったことはないだろうと思っていた。実際、最初の一時間は変わったことはなかった。
変わったのは、記者氏が照明を少し絞ったり戻したりして試していたときだった。見張りがいつもよりゆっくり、しかしはっきりとガラスの方へ体を伸ばしてきた。触れたのかどうか、正式にはまだ何とも言えないらしい。でも、あの距離まで近づいたのを見たのは初めてで、思わず湯呑みを両手で持ち直した。冷めないようにというより、手が落ち着かなかったからだと思う。
色が消えたときは、正直、少し怖かった。怖いというのとは違う気もする。うまい言葉が見つからない。しばらくして色が戻り、明滅して、それからいつも通りに離れていった。記者氏は隣で何も言わずにノートを取っていた。ああいう時に何も聞かずに黙っていてくれる人と組めるのは、この仕事ではありがたいことだと思う。
日誌には「向こう側から、ガラスに触れられた」と書いた。あとで担当の人に「その言い方は正式な発表では使えない」と言われて、記録上は書き直すことになるらしい。それでいいと思う。日誌は発表文じゃない。あの夜、ここに座っていた人間が何を見て何を思ったか、それだけを書く場所であってほしい。
湯呑みは、結局最後まで揺れなかった。第4窓の巨獣の話をよく聞くけど、こちらは静かなものだ。静かなまま、分からないままのものを、また一つ抱えて朝になった。次の当番に湯呑みを片付けてもらう前に、もう一杯だけ飲んだ。
