窓番日誌:気づかれていた、と知った日
連載「窓番日誌」第3回。第5窓の市場の人々が札を掲げる様子を見続けてきた窓番が、次元調査課の見解修正(既報)をどう受け止めたかを書く。
発表があった日、自分は非番だった。ニュースを知ったのは、昼過ぎに後輩から届いた一通の連絡だった。「見解、変わったみたいです」。それだけの文面だったが、何のことかは読んだ瞬間に分かった。
三回の開口にわたって、市場の人々が窓の方へ札を掲げていたという、あの一連の観測のことだ。自分も何度かその当番に入っていた。正直に言うと、見ていた最中は「気づかれている」とまでは思っていなかった。ただ、札を掲げる向きが毎回だいたい同じで、こちら側の照明が動くタイミングと、それがそろっているように見えることが気になって、日誌に細かく書き留めていた。
見解が変わったと知らされたとき、自分の中にあったのは「やっぱりか」という気持ちと、「それでも、まだ何も確定していない」という冷静さの、両方だった。次元調査課の立場は変わらず、意思疎通とは断定していない。自分も同じ立場でいいと思っている。向こうが札を掲げているのを見たというだけで、こちらの気分が先走るのは、この仕事では一番やってはいけないことだと教わってきたからだ。
それでも、あの夜に自分が書いた日誌の一行を、もう一度読み返した。「市場、札複数、照明と同調か」。確信もなく書いたその一行が、何カ月か経って本当に意味を持つ日が来たのだと思うと、妙な気持ちになる。記録を残すという仕事の意味は、こういうところにあるのかもしれない。
引き継ぎのとき、次の当番に「照明の動きは、いつもより少し意識してみてほしい」と伝えた。意味があるかどうかは分からないが、言わないよりはいいと思った。湯呑みは、いつもどおり二つ並べて席を立った。


