窓番日誌:知らない子どもが見た景色
連載「窓番日誌」第4回。深川北小の「同じ夢」をめぐる説明会(既報)を、毎夜あの坂道を見ている窓番がどう受け止めたかを書く。
引き継ぎのとき、次の当番が一枚の紙を見せてくれた。印刷された子どもの絵だった。坂道、石段、灯りの柱。見慣れすぎていて、最初はどこかの資料の挿絵かと思った。「深川の小学校の子が描いたらしいです」と言われて、やっと自分の仕事の窓と同じものだと気づいた。
自分がいつも座っている椅子から見える景色を、会ったこともない十歳かそこらの子どもが、夢の中で見ていたかもしれない。そう考えたとき、怖さより先に来たのは、妙な気恥ずかしさだった。毎晩ここで、誰にも見せない顔で湯呑みをすすっている自分を、その子にのぞかれていたような気がしたからだ。
説明会で技官が「集まらなければそれでいい」と言ったと聞いて、少し安心した。この仕事は、分かろうと急いだ瞬間に一番危ういものを見落とす。自分たちが向こうを見るとき、向こうにも見られているかもしれないという前提を、どこかで忘れかけていた。子どもの絵は、それを思い出させてくれた。
今夜の当番で、灯りの柱の数をもう一度数え直した。三本に一本だけ高さが違う、あの列を。何かが伝わったのだとしても、何も伝わっていないのだとしても、自分にできることは変わらない。見て、書いて、次の当番に渡す。湯呑みは、今夜もいつもどおり二つ並べて席を立った。


