速報
← トップへ戻る

連載

窓外:四号の、ただの作動音

2026年(透暦52年)10月12日 (編集長・権田原滋) English

©東亰新報

連載コラム「窓外」第5回。ロボット「四号」の作動音が「発言」かどうかで公聴会が紛糾したという記事を読み、新人記者時代に先輩から教わった「記録とは誰の声を残すかを選ぶ仕事だ」という言葉を思い出す編集長の独り言。

■ 「記録とは、選ぶ仕事だ」

新人の頃、先輩記者に言われたことがある。「記録というのは、残す仕事だと思われがちだが、本当は選ぶ仕事だ。誰の声を残し、誰の声を残さないか。その選び方のぶんだけ、新聞には責任がある」。あの頃はよく分からなかった。今日の公聴会の記事を読んで、ずいぶん久しぶりにその言葉を思い出した。

ロボットの作動音を「発言」として記録するかどうかで、委員たちが真剣に言い合ったという。笑い話のように紙面へ出すこともできたが、うちの記者は笑わずに書いた。正しい書き方だと思う。意図があるかどうか分からないものの声を、記録に残すかどうかを決めるのは、実は毎日こちらがやっていることと同じだからだ。

■ 棚から消えた声

もう一つ、今日は別の記事も目に留まった。保管棚から漂着物が消えていた、という話だ。あの小さな革袋は、6年前に誰かが鑑定の棚に置いた瞬間から、「記録された物」になったはずだった。記録されたのに、消えた。記録が守ってくれるものと、守ってくれないものがある、というのは、記者という仕事をしているとたまに思い知らされる。

■ ただの作動音でいい

四号の作動音が結局「発言」として記録されなかったことに、ホッとした部分がある。何でも声として記録してしまえば、記録そのものの重みが薄くなる気がするからだ。だが、常磐堂の人が言った「いないものとして扱われるのも違う」という一言は、ずっと胸に残っている。発言として記録されなくても、そこにいたことは記録される。新聞屋ができるのは、たぶんそれくらいのことだ。

今日もゆらりが机の上で湯呑みを抱えている。これも、特に発言はしていない。だが、確かにそこにいる。それで十分だと思う日もある。

この記事に登場する人物

広告

岸渡り、二世立会人の認定講習を10月開講。

受講料は実費相当。定員30人、推薦制。

関連記事

  • 政治

    常磐堂の「四号」、公聴会に証人として 発言権めぐり委員紛糾

    ロボット法制審の公聴会が12日、国会内で開かれた。既報の機巧走で初入賞した共生ロボット「四号」(常磐堂所有)が参考人の付随物として持ち込まれ、委員の一人が「四号自身の発言として記録すべきだ」と提起したことから、非ヒト型ロボットに発言権があるかどうかをめぐって委員間で激しい応酬となった。第15次答申は今年も持ち越しの見通しが一段と濃くなった。

  • 深層

    保管中のはずの漂着物、越洋の闇市場に センター「流出経路を調査」

    2019年に登録された第64系統の革製の小袋――第三鑑定センターの保管棚にあるはずの漂着物――が、越洋の港湾都市のオークション画像に写っているのが見つかった。センターは12日、該当品が現に棚から無くなっていることを確認し、流出経路の内部調査を始めたと発表した。経路・時期とも依然不明。