窓外:海を越えて読まれる、ということ
連載コラム「窓外」第6回。瑠海国王カイエ3世が本紙を配信で愛読していると知った編集長が、1912年の創刊から数えて、自分たちの新聞が誰に読まれてきたかを考える独り言。
■ 「陛下が読んでいる」という一言
今日の記事で、瑠海の侍従長が「陛下は配信が始まって以来、本紙をずっと読んでいらっしゃる」と語ったのを見て、うちの新聞がどこまで遠くに届いているのかを、改めて考えさせられた。配信という仕組みができる前は、読まれているかどうかさえ、こちらには分からなかった。届いた先で誰かが黙って頷いているのを、送った側は一切知らないまま終わる――それが新聞という仕事の、ずっと当たり前の姿だったはずだ。
■ 創刊から百十四年、読者の顔は見えない
1912年の創刊以来、この新聞は数えきれない読者に届いてきたが、読者の顔を一人ひとり思い浮かべられたことなど、ほとんど無い。1975年、自分が新人だったころも同じだった。揺らぎが始まったあの年、街が揉めに揉めている最中にも、紙は刷られ、配られ、誰かの手に渡っていった。その誰かが、今日と同じように黒目を細めて見出しを追っていたのかどうか、確かめる方法は無かった。
■ 遠くの誰かが先に話題にする
国王が、灯しの街の記事が出た日は誰よりも早く話題にする、という話を聞いて、少し笑ってしまった。うちの記者は毎回、締め切りに追われながら見出しを決めている。その見出しを、海の向こうの誰かが、自分たちよりも先に胸の中で読んでいる場面があるのだとしたら、これほど奇妙で、少しありがたい巡り合わせはない。
■ 窓の外から、窓の外へ
この連載の名前を「窓外」にしたのは、自分がいつも窓の外の世界を見て書いている、という意味だったはずだ。だが今日ばかりは、窓の外の誰かが、こちらを見てくれているのだという話になった。見る側と、見られる側が、思いがけず入れ替わる日もある。
今夜もゆらりが机の上で湯呑みを抱えている。触角の先がかすかに光っているのは、気圧のせいか、それとも別の理由か。相変わらず分からないが、こいつも誰かに見られていることだけは、たぶん間違いない。




