岸辺食堂:腹ごしらえの列
深川2丁目で飲食店を営む瀬能タカラの連載コラム。きょう夜の音楽祭「岸辺の歌」を前に、腹ごしらえに寄っていく客たちの話と、常連ロボット「三号」の反応について。
けさ、店を開けたらいつもより早い時間から常連が並んでいた。「岸辺の歌、決行になったから、腹ごしらえしてから行く」。うちの店は会場から歩いて15分ほど離れているだけなのに、今日ばかりは開店から満席だった。大潮の最終日と重なって、正直きのうまでは「中止になったらどうしよう」とこっちまでそわそわしていたのだから、常連の顔を見てほっとしたのは店主のほうかもしれない。
うちの品書きに「白瀬定食」なんてものはないが、常連の一人が「今夜、白瀬さんの生歌を聴くから、景気づけに」と、いつもより辛口の煮物を頼んでいった。もう一人は「岸辺セブンの尾の振り、生で見るまで信じない」と言いながら、それでも顔はもうにやけていた。決行の一報が出た朝から、店の中はどこかお祭りの前の落ち着かなさで満ちている。
常連の掃除ロボット「三号」を連れてきた家族も、今日はいつもより滞在が長かった。三号は角ばった体を少しだけ揺らしていて、家族いわく「音楽が流れると、いつもより充電コードの咥え方が浅くなる」らしい。感応があるのかどうかは誰にも分からないが、似せすぎ規制のとおり顔らしい顔もない三号が、それでも「聴いているように見える」というのは、この街で暮らしているとよくあることだ。京橋の常磐堂に預かりのロボットが機巧走に出るという話も今朝の紙面で読んだが、うちの三号もあれくらい張り切ってくれたら助かる――と思ったのは冗談半分、本気半分。
大潮の三日間、うちの店では毎回「指数を見てから注文を決める」という妙な常連がいる。今日はその人も「指数は上がらなかったらしいから、今夜は安心して並べる」と言って、上機嫌で帰っていった。分かることと分からないことが混ざったまま、それでも今夜は音楽が鳴る。うちの店はいつもどおり、腹ごしらえの場所であり続けるだけでいい。
