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窓の外の手帳:開けて、分からなかった、という記録

2026年(透暦52年)9月29日 (寄稿・九重果林) English

©東亰新報

在野研究者・九重果林の連載コラム。深川漂着物の開封結果(既報)を聞いて、「開けても分からない」という結末に自分の仕事を重ねる話。

夕方のニュースで、深川の容器が開いたと知った。中身は水に似た液体で、何系統かも分からず、液面が傾きに追従しない理由も分からずじまい――そう聞いて、わしは思わず笑ってしまった。三十年近くこの稼業をやっていて、「開けて、分からなかった」という結末ほど正直な報告はないと知っているからだ。

若い記者なら、この結果を「肩透かし」と書くかもしれない。だが現場に立ち会った委員長のコメントを読んで、わしは自分の仕事のことを考えた。わしの本も、結局はそういう本ばかりだ。九霧について三百何十人に話を聞いて、分かったことより分からないままのことのほうが多い。それでも書く。開けたことそのものが記録で、分からなかったこともまた記録なのだと、今日の紙面はそう言っていた気がする。

刻印の話には少し興奮した。暫定148系統の金属柱の記号と「形が似ている」というくだりだ。センターは断定しないというが、わしのような素人は、ここでつい線を引きたくなる。亀戸の柱と、深川の容器と、九霧と――全部つながっていたら面白いのに、と。だが三十年やってきて分かったのは、面白い仮説はたいてい間違っているということだ。線を引きたくなった瞬間にこそ、いったんペンを置く。それが習い性になった。

62人目にはまだ会いに行っていない。もう二週も先延ばしにしている。今日の記事を読んで、少し背中を押された気もするが、結局は来週に回した。分からないまま抱えておく時間を、自分に与え続けているだけかもしれない。それでも、開けなければ始まらないことと、開けても終わらないことの両方があると、今日はよく分かった一日だった。

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