岸八の枕:抜かない新人の話
連載「岸八の枕」第8回。流派の外から来た新人刀士が、窓室警備の夜に一度も刀を抜かなかったという記事を読んだ落語家が、「間」をめぐって思うところを語る。
流派を持たない新人刀士が、窓室警備で初めて立った夜、刀を一度も抜かなかったという記事を読んだ。当たり前のことのようだが、当たり前を当たり前にやり通すのが、いちばん難しい。これは噺家も同じで、客の前に出て何もしない時間というのが、実はいちばん稽古の要る時間だったりする。
枕というのは、本編に入る前のちょっとした世間話のことだが、何もしゃべらずに座っているだけの数秒も、広い意味では枕の一部だと思っている。その記事の新人さんは、「刀を抜く機会すらなかったが、それで良かった」と言ったそうだ。いい枕だ、と思った。落ちもなければ、気の利いた一言もない。それでいい、という結び方を、二十三で既に分かっている。
わたしが高座に上がって五十年近くになるが、客を笑わせる技よりも、笑わせない数秒を保つ技の方が、今でも時々分からなくなる。型を持たずに来た人が、その数秒の重みを一からつかんでいく様子は、正直うらやましい。わたしは型に助けられて、ここまで来た部分がかなりある。
窓の向こうが開いても開かなくても、見張りがいるというだけで室内の空気が違うと、どこかで誰かが言っていたそうだ。高座の客席も、似たようなものだ。笑いが起きなくても、聞いている人がそこにいるというだけで、間の持ち方が変わる。新人さんの刀が、この先どれだけ抜かれずに済むか——それが、この人の腕前の記録になるのだろう。

