速報湾岸部の透過指数、今夜も「中」続く TDAが週明けに中間報告へ
← トップへ戻る

科学

湾岸九霧事象から23年 家族会が再調査要望、TDA「初期記録を再解析」

2026年(透暦52年)8月29日 (社会部・真柴湊) English

要望書を提出後、湾岸の慰霊碑に花を手向ける家族会のメンバー=29日午前、東亰・湾岸緑道©東亰新報

過去最大の透過事象で12人が行方不明となった湾岸九霧事象(2003年)から23年を前に、家族会が29日、TDAに再調査を要望した。TDAは国際共同研究の枠組みで初期観測記録を再解析すると回答した。

湾岸九霧事象は透暦29年(2003年)9月、東亰湾岸一帯が9日間にわたり原因不明の濃い霧に包まれた、観測史上最大の透過事象だ。期間中、湾岸の透過指数は測定上限に張り付き、TDAは発生3日目に湾岸全域を封鎖した。霧が晴れたあと、封鎖線の内側にいたはずの12人の所在が確認できなくなっていた。倉庫作業員が5人、釣り人が3人、住民が2人、当時のTDA観測員が2人。遺留品は、岸壁に整然と揃えられた靴が2足見つかったのみで、23年を経た今も、12人の手がかりは一つも見つかっていない。

■「事実が知りたいだけです」

家族会「九霧の会」は29日、TDA本局を訪れ、火浦誠局長宛ての要望書を提出した。要望は3点。当時の観測生データの全面開示、封鎖線の運用記録の検証、そして第三者を交えた再調査委員会の設置だ。

会を設立時から率いる代表の女性(71)は、倉庫作業員だった夫を九霧で失った。「『どこかの世界線で生きている』という言葉に、慰められた日と、苦しめられた日がある。生きているなら、なぜ靴が揃えてあったのか。誰かが説明できるなら、23年待ったことにも意味があった。私たちは、事実が知りたいだけです」と話した。

会員は発足時の31人から、高齢化で17人に減った。今年、行方不明者の孫にあたる大学生2人が新たに加わり、要望書の文面は初めて、当時を知らない世代の手で起草された。

■23年間の「待ち方」

会はこの23年、毎月9日に湾岸緑道の慰霊碑前で集まりを続けてきた。集まりには決まった式次第がない。花を置き、それぞれが碑の前に立ち、あとは近況を話して解散する。代表の女性は「祈りというより、点呼です。私たちがまだ待っていると、毎月伝えている」と話す。

行方不明者の一人の弟だという男性(64)は、兄の部屋を23年間そのままにしてきたが、今年の春に初めて掃除をしたという。「片付けたわけじゃない。埃を払っただけです。帰ってきたとき、23年分の埃の部屋に通すわけにはいかないから」。要望書の提出には、その掃除が背中を押したと語った。「待つのにも、手入れがいるんだと分かったので」

■TDA「解析技術は当時と別物」

対応した火浦局長は要望書を受け取り、「九霧は、当局が住民を守り切れなかった事象として、組織の記憶に刻まれている」と述べた上で、進行中の第7次国際共同研究の枠組みで初期観測記録を再解析すると回答した。透暦29年当時の観測データは磁気テープで保存されており、近年完了したデジタル化により、当時は処理できなかった短周期の変動が解析可能になったという。

同局観測部の担当者は「解析技術は当時と別物になった。何が出るかは約束できないが、『何も出ないことの確認』も含めて、誠実にやる」と話した。再解析の結果は来年の事象記念日までに家族会へ報告される予定だ。一方、封鎖線運用記録の検証と第三者委員会については「持ち帰って検討する」にとどめた。

■「透過失踪」という制度の余白

12人は法律上、いまも「行方不明者」のままだ。通常の失踪宣告を受ければ法的には死亡と扱われるが、九霧の家族の多くはこれを申し立てていない。「死亡」の語を受け入れられないためだ。この事情を受けて透暦31年に設けられたのが「透過失踪」の特例で、死亡とみなさないまま、預金や保険、相続の一部手続きを進められる。適用されたのは九霧の12人を含め、これまでに全国で29人にとどまる。

制度を起草した元法務官僚は「『生きているか、死んでいるか』の二択しか持たない法律に、三つ目の欄を作った。あの欄は、九霧の家族が行政に書かせたものだ」と振り返る。一方で、特例は「宙づりの状態を制度が固定化する」との批判も当初からあり、家族会の中でも適用を選んだ家庭と選ばなかった家庭が分かれている。代表の女性は「どちらが正しいということはない。待ち方は、家の数だけある」と話す。

■九霧が変えたもの

九霧事象は、この国の揺らぎ行政の転換点でもあった。現在の透過指数の5段階表示、封鎖時の住民名簿照合、湾岸の常設観測網は、いずれも九霧後に整備されたものだ。事象を知らない世代が人口の3割を超えた今も、湾岸の小学校では9月の避難訓練を「九霧訓練」と呼ぶ。

慰霊碑のある湾岸緑道では29日朝、家族会に続いて、通勤途中に足を止めて花を置いていく人の姿が見られた。碑には12人の名前と、こう刻まれている。「霧は晴れた。私たちは待っている」

広告

ロボットの、その後を考える。

永代預かり・供養・記録保存。ご相談は常磐堂へ。
常磐堂ロボット永代預かり