『一九七五年の窓』増刷20回 学界の沈黙と、読まれ続ける理由
在野研究者・九重果林さん(52)の著書『一九七五年の窓』が増刷20回を突破した。揺らぎ起源に「意味」を求めるその筆致は学界から黙殺され続けているが、刊行から3年、読者は増え続けている。
『一九七五年の窓』は、揺らぎの観測データに民俗学的視点を持ち込んだ異色の論考だ。透暦元年の初観測以来の公開データを再整理し、発生地点の分布が湾岸の旧い信仰地とゆるやかに重なると論じた上で、「窓は偶然開いたのではない」という一文で知られる最終章に至る。刊行元によると累計発行部数は27万部。人文書としては異例の数字で、今年に入ってからも月1万部のペースが落ちていない。
科学界の評価は一貫して否定的だ。観測学会は書評の掲載を見送り続け、著名な観測学者が「相関の誤読の見本市」と評したこともある。TDAも「発生分布に信仰地との有意な相関は認められない」との見解を過去に示している。九重さんは意に介さない。「私は証明ではなく、問いを書いた。問いは誰のものでもある。学会が黙るのは自由だが、読者が黙らない」
■読者カードの4割は10代
出版元に届く読者カードの4割は10代だという。編集部には「学校で習う揺らぎより、この本の揺らぎの方が怖くて好き」という葉書が届く。29日夜に城東の書店で開かれた刊行3周年イベントには約80人が集まり、その大半が制服姿や大学生だった。
質疑で高校2年の女子生徒が「学校の先生に、この本は科学ではないと言われた。読み続けていいのか」と尋ねると、九重さんはこう答えた。「先生は正しい。これは科学ではない。科学が答えないと決めた問いを拾う仕事です。両方読みなさい。窓は、片目では覗けないので」
■在野で書き続けた20年
九重さんは大学の研究職に就いたことがない。観測学の修士課程を中退後、湾岸の測量会社で働きながら、20年にわたり週末だけの聞き取り調査を続けてきた。調査ノートは214冊。『一九七五年の窓』の巻末には、話者として協力した湾岸の住民約320人の名が(故人を含め)全員分列挙されており、この謝辞のページを「本文より好きだ」と言う読者も多い。
刊行までに原稿は11社に断られた。12社目の担当編集者は「学術書としては出せない。しかし、これは湾岸の人々が50年かけて考えてきたことの記録で、その価値は査読と関係がない、と社内を説得した」と振り返る。増刷20回の報告を受けたとき、九重さんは「214冊のノートの話者に、一人ずつ葉書を書く」と答えたという。すでに90枚を書き終えた。
■「歪み信仰」との距離
一方で同書は、揺らぎに意味を見いだす「歪み信仰」系の団体に、教典のように扱われる悩みも抱える。一部の感応開発商法の教材に無断で引用されていたことも分かっており、九重さんは今年、「本書を根拠に金銭を求める行為とは一切関係がない」との声明を出した。
イベントの最後、九重さんは次作の構想を初めて明かした。テーマは湾岸九霧事象だという。「23年前、霧の中で何があったのかを書くつもりはない。霧の外で、私たちがどう待っていたかを書く。それなら、私にも書く資格がある」
