岸辺食堂:数えるのが好きな客
連載コラム「岸辺食堂」第8回。第2窓の『相互認識』の記事を読んだ常連客たちが、数えることの好き嫌いを語り合う一夜を、店主の視点で描く回。
■ 今夜は「数える」の話
今日の夕刊を見て、常連の柊木さんが「向こうの塔が、こっちの合図の数を数えてたんだって」と、カウンターに新聞を広げた。うちの店は数を数えるのが苦手な客が多い。お通しの数を間違える自分がいちばんの証拠だ。
■ 「数えるのが好きな客」と「嫌いな客」
面白いのは、常連の中にはっきり二種類いることだ。元印刷工の宇佯美さんタイプ――数字を書いた葉書を何年も送り続けるような、数えることで世界を手なずけようとする人。もう一方は、うちの常連の大半を占める「数えたら負け」タイプ――飲んだ杯の数、残業の時間、来なくなった友達の数。数えると重くなることは、数えない。
■ 「向こうも、数えたら負けだと思ってたんじゃないか」
柊木さんが言った一言が、今夜いちばん残った。「向こうの塔だって、七で折り返してたのを八に変えたのは、何かこっちの変化に気づいたからなんだろう。数えたくて数えてたんじゃなくて、数えざるを得なかったんじゃないか」。真偽は本紙の記者に聞くしかないが、うちの常連に言わせれば、数を数えるのはたいてい、安心したいからか、不安だからかのどちらかだ。向こうもそうだったら、ちょっと親しみが持てる。
■ 常連のロボット「配膳係」も黙って数えていた
うちの店の古い配膳ロボットは、既報の「似せすぎ規制」の範囲内で、皿を運ぶたびに小さく「ピッ」と鳴る。今夜、柊木さんが「これも数えてるのか」と茶化すと、いつもより一拍多く鳴った気がした。気のせいだと思うが、気のせいで済ませられない夜だった。
数えることが好きでも嫌いでも、今夜はみんな、少しだけ数を数えて帰った。お勘定の数字くらいは、はっきり覚えていてほしい。

