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霧のない夜の「霧笛」 旧第二湾岸信号所、今月の通報11件 機器に記録なし

2026年(透暦52年)8月31日 (文化部・遠野汀) English

2003年の湾岸九霧事象以来閉鎖されている旧第二湾岸信号所の周辺で、「霧笛のような低い音を聞いた」という通報が今月、11件寄せられていることが分かった。港湾局によると、信号所の霧笛設備は04年に電源を撤去済み。TDAは「周辺の透過指数は平常値で、観測機器に対応する記録はない」としている。

■午前2時から4時まで

通報は8月2日から29日にかけて、港湾局と警察に計11件寄せられた。時刻はいずれも午前2時から4時の間に集中している。通報者は釣り人、配送運転手、堤防沿いを歩いていた住民など、互いに面識のない9人。うち2人は別の夜に2度届け出ている。

「長い一音です。船のより低い。耳というより、胸で聞く感じの音」と、通報者の一人の男性(57)は話す。夜釣りの常連で、防波堤の先端から信号所までは水面を挟んで約700メートル。「霧笛だと思ったのは、私が子どものころにあの音を知っているからです。若い人は、船だと思うんじゃないですか」

録音を試みた人もいる。携帯電話と、車載の記録装置と、釣り具店で借りた小型のレコーダー。いずれも波と風のほかは何も記録されていなかったという。「聞こえている最中に再生ボタンを押して、二人で耳を寄せました。何も入っていない。それで、隣の男が黙ってしまって」

釣り具店の店主の女性(63)は、8月の半ばから、常連客の話題がその音のことばかりだという。「うちは午前3時から開けています。最初に言い出したのは、いちばん無口な人でした。あの人が言うなら、と、そこから皆が言い出したんです」

■一枚、三行の回答

港湾局によると、信号所は1968年に設置され、九霧事象を機に閉鎖された。霧笛設備は透暦30年(2004年)に電源が撤去され、振動板も同時に取り外されている。残っているのはラッパ状の外装だけだという。

同局は今月、老朽化していた立ち入り防止柵を約60万円で補修し、通報者に回答文書を送付した。文書は1枚で、日付と押印のほかは3行。信号所に音源となる設備は存在しないこと、周辺での目撃情報は確認されていないこと、立ち入りは禁止されていること——それだけが書かれていた。

担当者は取材に「事実として、鳴らせる装置がありません。それ以上のことは、うちの所管ではないので書けないのです」と話した。TDAは「周辺の透過指数は平常値で、観測機器に対応する記録はない。音に関する通報は所管外だが、参考記録として保存する」としている。

通報の受け方も一定ではなかった。港湾局の当直に電話が入ったのは6件、110番が3件、残る2件は後日、局の窓口に直接持ち込まれた。局の受付簿には「異音の申し出」とだけ記録され、音の高さや長さを尋ねる欄はない。担当者は「様式に欄がないものは、様式の外に書くしかありません。今月は、余白が増えました」と話した。

■九日間、唯一の灯

信号所は、湾岸九霧事象の9日間、霧の中で唯一灯を点し続けた施設として知られる。2003年9月、湾岸一帯は9日間にわたり原因不明の濃霧に包まれ、封鎖線の内側にいたはずの12人が行方不明となった。事象の原因も、12人の消息も、23年を経て未解明のままだ。

港湾局には当時の当直記録が残るが、9日間の記載は毎時の点灯確認だけで、霧についても音についても、一行も書かれていない。

現場保存を求める遺族側と、老朽化を理由に撤去を検討する港湾局との協議は今も続く。家族会「九霧の会」の代表の女性(71)は、音の通報について「私たちからは、何も申し上げません」と話した。「ただ、あの建物が音を出すか出さないかの話になる前に、残すか壊すかの話が23年続いていることは、書いておいてください。23年です」

■霧は、出ていなかった

配送運転手の男性(44)は、通報したことを職場では話していない。「言えば、寝ぼけたと言われるだけなので。ただ、あの時間にあの道を通る人間は、たぶん全員聞いています。誰も言わないだけで」

気象台の記録によると、8月に湾岸で霧が観測されたのは1日だけで、通報のあった夜には含まれていない。11件の通報は、いずれも霧の出ていない夜のものだった。

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