第5窓の声、録音公開 漂着一世「子守唄と節回しが似ている」
TDA次元調査課は1日、既報の第5窓「剣の国」で録音された声のような音の一部を記者会見で公開した。立ち会った漂着一世の岸浦汐さん(74)は「岸の子守唄と節回しが似ている気がする」と証言、岸谷タネさん(101)も同じ音を聞いて同様の反応を示した。次元調査課は「断定できる材料はない」との慎重な姿勢を崩していない。
■ 3秒の録音、公開は初めて
TDA次元調査課は1日午後、既報(9/30)の第5窓「剣の国」で録音された声のような音について、約3秒間の録音データの一部を報道陣に公開した。これまで内容そのものは「抑揚のある短い音」としか説明されてこなかったが、今回初めて音声そのものが明らかになった。会見では録音を3回、同じ条件で再生。担当者は「市場の雑踏に混じって記録されたものであり、単独で抽出した音ではない」と前置きしたうえで公開に踏み切った理由について「情報を抱え込むより、専門家でない方の耳にも判断材料を預けたほうが、分析の幅が広がると判断した」と説明した。
■ 岸浦汐さん「節回しが、似ている気がする」
公開にあたり、次元調査課は「岸の子守唄」の採譜者である音楽教師・岸浦汐さん(74、漂着一世)に録音を聞いてもらう機会を設けた。岸浦さんは会見で2度録音を聞き直したのち、「断定はできないが、節回しが、子守唄と似ている気がする」と証言した。「子守唄は一世から一世へ、口移しでしか伝わっていない。似ていると感じるのは、懐かしさのせいなのか、本当に似ているからなのか、自分でも分からない」とも述べ、慎重な言い回しを選んだ。
同席した最高齢の漂着一世・岸谷タネさん(101)も同じ録音を聞かされ、「あの節は、遠いところで聞いた気がする」と短く反応したという。岸谷さんは既報のとおり「故郷の話をしないと決めた」一世であり、担当した窓番は「岸谷さんがこの種の質問に言葉を返したこと自体が、珍しいと聞いている」と話した。
■ TDA「断定できる材料はない」
次元調査課は会見で、「向こうがこちらを認識している証拠はない」という既報の立場を改めて強調し、「節回しが似ているという感想は貴重だが、学術的な一致を示すものではない。偶然の近さである可能性も排除できない」と述べた。既報のとおり子守唄の歌詞は「意味未詳」のまま温存されており、原譜も岸浦家の仏壇に非公開で保管されている。今回の公開でも、子守唄本体の音源は使われていない。
音響担当者は「人の声である可能性を排除はしないが、発声器官・発声方法のいずれも不明なままだ。似ている、という感覚は分析の出発点にはなるが、終着点にはしない」と述べ、第7系統「灯しの街」との関係と同様、関連づけを急がない姿勢を貫いた。
■ 漂着系市民のあいだで反応広がる
会見の内容は発表直後からSNSで急速に広まり、灯窓茶房(既報)には1日夕方、普段よりも多い来店があったという。店主・宮井朔さんは「子守唄に似ているという話を聞いて来た、という方が何人もいた。うちで聞けるものは何もないんですが」と苦笑した。漂着系の権利運動に携わる関係者の一人は匿名で、「故郷の話を誰もしてこなかった50年に、小さな穴が開いた気がする、という声を複数の一世から聞いている」とコメントした。一方で、九重果林さんは「期待が先走ると、あとで反動が来る。似ている、で止めておくのが一番誠実だと思う」と抑制的な見方を示した。
■ 外部有識者検討会、4件目の議題として維持
既報のとおり、11月上旬の初会合が予定される外部有識者検討会(座長・梶浦悦子)には今回の音声記録がすでに4件目の議題として内定している。次元調査課は、今回の子守唄との類似に関する証言についても検討会で扱う方針を示した。梶浦氏は次元調査課を通じて「似ている、という感覚そのものが貴重な記録であり、拙速に結論へ結びつけないことが、この証言を大切にする唯一の方法だと思う」とコメントを寄せた。
■ 子守唄の来歴、あらためて
既報のとおり、「岸の子守唄」は1975年の集団漂着当時に生まれたとされる全13番の歌で、歌詞の意味は「海・窓・帰り道」の3語のみ推定の「意味未詳」のまま温存されている。原譜は岸浦家の仏壇にあり、公開は岸浦さんの「死後」の方針を崩していない。式典での披露でも対訳は配られず、口移しでしか伝わらない歌として今日まで来た。その歌に、一方通行の向こう側から届いたかもしれない音が「似ている」と言われたことの重みを、ある儀礼団体連合の関係者は「50年間、答え合わせのしようがなかった歌に、初めて比較対象が現れたということだ」と表現した。
■ 窓番の日誌から
録音を担当した窓番は日誌に「市場の喧噪のなかで、あの3秒だけ、空気の密度が変わった気がした」と記していたという。次元調査課は日誌の記述を参考情報として会見で紹介しつつ、「窓番の主観的な印象であり、観測事実とは分けて扱う」と線を引いた。もっとも、担当者自身も「個人的には、何度も聞き返してしまっている」と漏らす場面があり、会見場にはかすかな笑いが起きた。
■ 子ども世代への配慮
既報の湾岸第三中学校を中心とする合唱団(37人)の指導にあたる岸浦さんは、「子どもたちにこの話をどう伝えるかは、まだ決めていない」と述べた。合唱団にはハーフの生徒も多く在籍しており、岸浦さんは「似ているかもしれない、で止めておける子と、知りたくて仕方がなくなる子と、きっと両方いる。急いで教える必要はないと思っている」と話し、拙速な共有は避ける考えを示した。
一方通行の原則は今回も変わらない。向こうから届いたかもしれない節回しに、こちらから返せるものは、録音を聞き直すことのほかに何もない。
