「どうせ全部登る」の9人 枝川高、旧東雲水門で開幕前最後の調整
学生壁上競走の秋予選が5日に開幕する。初出場62校の一つ、都立枝川高校の壁上競走部は1日、練習場にしている旧東雲水門の壁面で開幕前最後の調整を行った。部員9人、創部2年。抽選で引き当てた初戦の相手は、昨秋準優勝の強豪・私立豊洲工業だ。
■低くて、狭い壁
旧東雲水門の壁面は、本番の亀戸第二壁面より4メートル低く、幅も半分ほどしかない。上段のラインは3本しか引けず、9人が同時に登ることはできない。使えるのは運河管理者の許可が下りた平日の午後3時から日没までで、この日の実質的な練習時間は1時間50分だった。
それでも部員たちは、連盟の安全講習(既報)で習ったばかりの命綱の二重確認を、一本ごとに声を出して繰り返した。「支点よし」「結束よし」「解除よし」。声は水門の内側で反響し、運河の対岸まで届く。
2年の男子部員(17)は「最初は恥ずかしかったです。運河沿いを歩いてる人がみんなこっち見るので。今は、見られてるほうが確認を飛ばさなくなるって分かりました」と話した。
■創部2年、顧問は数学教師
部は2年前、当時1年生だった4人が「壁が近所にあるから」という理由だけで作った。顧問を引き受けた数学教師(41)に競技経験はない。「講習で初めて命綱を締めました。教えられるのは安全確認と、あとは数学だけです。登る角度の話は、実は数学なんですよ」
顧問は部員に、練習のたびに手のかかりの位置と経過時間を記録させている。ノートは2年分で6冊になった。「うちは体格でも経験でも勝てない。勝てるとしたら、同じ壁を何回登ったかの回数だけです。回数は、数えれば増える」
部員は9人。うち3人は今春入学の1年生で、うち1人は入部して4カ月で初戦の第4レーンに立つ。
■初出場62校の秋
今秋の予選は過去最多の184校が参加し、うち62校が初出場となった。連盟によると、初出場校の増加は、昨年度から安全講習の受講が出場の条件となり、講習を受けた学校が「せっかくなので出る」流れになったことが大きいという。
連盟の競技担当者は「増えた分、事故の芽も増えます。今年から審判員の講習にも、初出場校の命綱を『疑ってかかる』項目を入れました。失礼な言い方ですが、疑われる側になるのが、初出場校の最初の関門です」と話す。
予選は3日間で、初日に1、2回戦、2日目に3回戦と準々決勝、最終日に準決勝と決勝を行う。レーンは抽選で決まり、第4レーンは壁面のいちばん端で、川風が直接当たる。枝川高の顧問は「風は数学では読めません。そこだけは、勘のいい部員に任せます」と苦笑した。
■「上を見る練習だと思えば」
主将(17)は8月の抽選会で「どうせ全部の壁を登りに来た」と言い切っている(既報)。この日は、少しだけ言葉を足した。
「相手が強いと、上を見ている時間が長くなる。上を見る練習だと思えば、得しかないです」
初戦の相手・私立豊洲工業は昨秋の準優勝校で、部員数は42人、専用壁面を校内に持つ。両校の対戦は連盟の記録上、初めてとなる。豊洲工業の監督は本紙の取材に「初出場の学校がいちばん怖い。こちらのデータがないのと同じで、向こうには失うものがない」と話した。
旧東雲水門は運河の改修で役目を終えた施設で、現在は運河管理者が保守用に残している。壁面の使用は2年前、創部時に部員が管理事務所へ願い出て許可された。許可の条件は、日没までに退去することと、壁面に新たな穴を開けないこと。部が使う支点は、既存の点検用金具をそのまま利用している。
「穴を開けられないので、ラインが決まってしまうんです」と主将は言う。「同じ場所しか登れない。だから、同じ場所を何百回も登りました。本番の壁を見たとき、選べる場所が多すぎて、最初は逆に困りました」
■日没前に切り上げる部活
枝川高の練習は、日没前に必ず切り上げる。運河沿いの市道が夜間規制の対象になっており(既報)、保護者の迎えの車が回り道を強いられるためだ。規制区間は今も解除されていない。
1年生部員の母親(45)は「迎えが片道で15分よけいにかかります。それでも、あの水門の前で待つ時間は嫌いじゃないんです。降りてくる子たちが、みんな同じ顔で降りてくるので」と話した。
「早く帰る部活です」と顧問は笑った。「暗くなる前に終わる。それだけは、うちの伝統にしたい」
秋予選は5日から3日間、亀戸第二壁面で行われる。枝川高の初戦は5日午前、第4レーン。勝てば同日午後、次戦に進む。

