岸辺食堂:見えなかった、という土産話
連載「岸辺食堂」第6回。瑠海国王が第1窓を見学したが窓が開かなかったという記事を読んだ常連客たちの、深川の飲食店主による聞き語り。
国王様が窓を見に行って、窓が開かなかった、という記事を、うちの新聞を広げたまま常連の柊木さんが声に出して読んでいた。「せっかく遠くから来て、何も見られなかったってこと?」と、隣の客が聞くと、柊木さんは「見られなかったこと自体が記事になるんだから、たいしたものよ」と笑った。
考えてみれば変な話だ。うちの店だって、常連が来る日も来ない日もあるし、来たところで注文が決まらない日もある。それをいちいち「何も決まらなかった」と書き残す人はいない。でも窓というのは、開いても開かなくても、それ自体が出来事になるらしい。柊木さんは熊系自治会の太鼓稽古を始めたばかりで、こっちは「始めたこと」が記事になった側だから、「開かなかったこと」が記事になる窓の話を聞いて、妙に居心地が悪そうだった。
「うちの太鼓なんて、始めてみたら思った以上にゆっくりで、犬系や狐系とは全然違う音だったのよ」と柊木さんが言うと、隣の客が「国王様の窓と似たようなものじゃない。期待して行っても、何が出てくるかは向こう次第」とからかった。柊木さんは「そうねえ、太鼓だって、叩いてみるまでどんな音になるか分からなかったものね」と、妙に納得した顔をしていた。
国王様が「見えないものを見えたふりで済ませるわけにはいかない」と言ったという一文を、柊木さんはもう一度声に出して読み直していた。「これ、うちの常連にも言ってやりたいわね。食えなかったら食えなかったって言いなさいって」。誰のことを言っているのか聞かなかったが、たぶん私のことだろう。


