王子の丘、住民が一時避難 「保護か、排除か」割れる声
ガラスの割れる音は、丘の下の住宅街まで届かなかったが、避難の指示は届いた。第4定常窓「巨獣の原野」で仔が窓室のガラスを越えてきた(既報)ことを受け、TDAは5日未明、窓室を含む王子の丘の半径200メートルを対象に住民に一時避難を呼びかけた。昼前に解除されたが、丘を下りた住民たちの間では「保護」を支持する声と「排除」を求める声が、はっきりと分かれた。
■ 午前4時40分、拡声器の声
王子の丘の住宅街に拡声器の声が流れたのは、仔がガラスを越えてから20分あまり後だった。「窓室付近の住民は、念のため一時的に避難してください」。TDAの職員と区の防災担当者が各戸を回り、半径200メートル内の約40世帯に避難を呼びかけた。避難先に指定された地区の集会所には、午前5時すぎから住民が三々五々集まり始めた。
集会所に最初に着いた一人、近くで惣菜店を営む永瀬トミさん(78)は、丘に52年住んでいる。「拡声器で起こされて、最初は火事かと思った。窓の向こうの生き物がこっちに来たと聞いて、正直、足が震えた」と話す。一方で、「小さい子だと聞いて、少し気が抜けた。うちの店の前を、怖がらずに歩いてくれるような子なら、それはそれで悪くない」とも付け加えた。
■ 「排除してほしい」「このまま保護を」
集会所では、避難してきた住民同士で自然と議論になった。会社員の男性(44)は「正体も分からない、大きさも成長すれば分からない生き物を、住宅街のすぐそばに置くのは不安でしかない。枝川の件(既報9月2日)を思えば、排除措置を取るのが筋ではないか」と語った。
対照的に、子どもと一緒に避難した主婦の女性(37)は「子どもが『赤ちゃんなんでしょう、殺さないで』と泣いて聞かなくて、困った。大きさは2メートル超えていると聞いても、子どもにとっては『仔』のほうが先に伝わるみたいです」と苦笑いした。別の高齢男性(69)は「生きたまま来たのは初めてなんでしょう。だったら、まず様子を見るのが筋だと思う。排除は、いつでもできる最後の手段にしてほしい」と述べた。
■ 「見たい」という声も
避難が解除された昼前、丘の入り口付近には既に、好奇心からやってきたとみられる人の姿もあった。近隣の高校に通う男子生徒(16)は「友達からの連絡で知った。窓室には近づけないけど、丘の上から見えるものがあるかもしれないと思って来た」と話し、TDA職員に「立ち入り禁止です」と制止されていた。
■ TDAの説明
TDA生物管理課は、避難の対象範囲について「仔そのものの危険性よりも、窓室の損壊状況が確認できていなかったための予防的な措置だった」と説明した。昼前の解除は、仔の収容と窓室の安全確認が完了したことを受けたという。「住民の皆さんの不安はよく分かる。保護観察の方針についても、丁寧に説明を続けたい」と担当者は述べた。
丘の中腹にある児童公園では、避難解除後、いつもどおり親子連れの姿が戻っていた。砂場で遊んでいた子どもの一人は「ふわふわの生き物だったらいいな」と無邪気に話していたが、保護者の表情には、まだ落ち着かない様子も残っていた。王子の丘の住民にとって、この日はいつもの木曜とは違う一日になった。
■ 避難所での一夜漬けの連帯感
集会所では、避難が解除されるまでの数時間、顔見知り程度だった近隣住民同士が、珍しく腰を据えて話し込む光景が見られた。永瀬さんは「普段は立ち話程度のご近所さんと、こんなに長く喋ったのは久しぶり。怖い思いをした分、少し得をした気分です」と笑った。区の職員が配った毛布や温かい飲み物も、普段の避難訓練とは違う緊張感の中で、思いのほか住民同士の会話を和らげたという。
■ 窓室に最も近い家
半径200メートルの境界のすぐ内側に自宅がある造園業の男性(52)は、避難を呼びかけられた住民の中でも窓室に最も近い一人だった。「うちは窓室まで歩いて3分もかからない。正直、ここに住み続けることへの不安がゼロにはならない。でも、仔が悪さをしたという報告が今のところ無いなら、慌てて結論を出すのも違う気がする」と話し、保護観察の経過を見守る姿勢を示した。
■ TDAの今後の説明責任
区議会の一部からは、今回のような一時避難が今後も起こり得るとして、住民への説明会を早期に開くよう求める声が出ている。TDA広報は「仔の状態が落ち着き次第、住民向けの説明会を開く準備を進めている」としており、次回の開催時期は検討中としている。


