岸辺の人々(8) 施設のテレビで聴いた「同じ歌」 深浦タキさん(88)
漂着記念日の式典に来られなかった一世18人の一人、深浦タキさん(88)は、湾岸のふれあいホームで職員や他の入所者とともに中継を見た。歌詞の意味は伝わらないまま、それでも「同じ歌」だと分かったという。式典から3日、施設での日々を訪ねた。
■招待状は届いたが
湾岸ふれあいホームの4人部屋で暮らす深浦タキさん(88)のもとにも、漂着記念日式典の招待状は届いていた。今年で3年連続の招待になるが、深浦さんは3年とも会場に足を運んでいない。「行きたくないわけじゃないんです。ただ、あの人混みの中で、車椅子を押してもらいながら3時間はしんどい」と、既報の一世121人のうち18人の一人として、施設での中継視聴を選んだ理由を話す。
■中継、静かになった食堂
式典当日の7日正午、施設の食堂には入所者十数人と職員が集まり、大型テレビの前に椅子が並べられた。既報のとおり「岸の子守唄」が始まると、普段は誰かしらのテレビの音や話し声が絶えない食堂が、静かになったという。「歌詞が分からないのは私たちも同じですが、それでも伝わるものがあるようでした」という既報のコメントの主が、この施設の職員だったことが今回の取材で分かった。深浦さんも「みんな、テレビの方を向いたまま動かなかった。それだけで、ちゃんと聴いているんだと分かりました」と話す。
■違って覚えている一節
深浦さんは1975年の漂着当時27歳で、収容施設で子守唄を耳にした世代の一人だ。「岸の子守唄」は既報のとおり歌詞の意味が今も「未詳」のまま公式には解読されていないが、深浦さんは自分なりの記憶を持っている。「4番のところ、あたしの覚えている節回しと、テレビで聴いたのは少し違った。でも、違っているのが、かえって本物っぽかった。覚え方は、人それぞれだったから」。採譜者の岸浦汐さんによる公式採譜は37人の合唱団が歌う一つの形にまとめられたものであり、深浦さんのような個々の記憶との細部の違いは、既報どおり解読も統一もされていない歌の性質そのものを映しているといえる。
■改善要望の中身
既報のとおり、市民協働課には中継先の福祉施設から音質・画質の改善要望が2件寄せられていた。うち1件は、深浦さんのいるこの施設からのものだったことが今回の取材で分かった。担当職員は「子守唄の合唱パートで、音が少しこもって聞こえた。来年に向けて、うちのテレビの音響設備も含めて相談したい」と話す。深浦さんは「こもっていたのは知らなかった。それでも、こもった音でも、同じ歌だってことは分かりましたよ」と笑った。
■家族が伝えに来た夜
式典の夜、深浦さんのもとを孫夫婦が訪れた。会場で撮った写真をタブレットで見せながら、1時間ほど式典の様子を伝えたという。「会場の空気とか、隣の人の泣き方とか、そういう細かいことを聞けたのがよかった。テレビじゃ映らないものね」。孫の妻(45)は「おばあちゃんが中継で見た部分と、私たちが会場で見た部分をつなぎ合わせるみたいな時間でした」と振り返る。
■来年も、ここで
深浦さんは来年の招待についても「また、ここで見ると思います」と話す。「歩けなくなったわけじゃない。ただ、無理して行って、途中で具合が悪くなって、みんなに迷惑をかけるのが嫌なんです」。市民協働課は既報のとおり来年に向けて中継設備の見直しを検討しており、施設側も音響改善の相談を始めている。深浦さんは最後に、こう付け加えた。「会場にいる人も、ここで聴いている人も、同じ歌を聴いた。それで十分です」
